LGBTと政治前編

LGBT当事者orアライによるレポート。今回はLGBTと政治前編です。

フランス大統領選の結果が現在毎日のように報道されています。極右である国民戦線(FN)のマリーヌ・ル・ペン党首が最終候補に残った際、ある記事を見つけました。
『フランスのゲイはなぜ極右政党に投票するのか(NEWS JAPAN)』という記事です。
今回はこれを読んだうえで、LGBTと政治について書きたいと思います。

政党の公約について

選挙の候補者は、選挙前に投票を集めるために公約を掲げます。現在社会にあるこの問題を解決するために、どのようなことを行うか、ということを示すことによって、支持を獲得します。

日本ではあまり多くはありませんが、その中の公約の1つとして、「同性婚実現」を掲げる候補者がいます。実際に同性婚が現在認められている国はいくつかありますが、もちろん昔から同性婚ができたわけではなく、政治家の地道な活動が実を結び実現したものです。

同性愛を支持=投票する?

今回のフランス大統領選では、国民戦線(FN)の党首が同性婚を禁止すると公言しているにも関わらず、同性愛者からの票が集まっているということでした。

「同性婚合法化を実現します!」と公約を掲げる候補者が出馬した際に、同性愛者全員がその候補者に投票するでしょうか。

もちろんそんなことはありません。同性婚を実現する、という部分には賛同できても、他の部分での公約に賛同できなければ、その候補者に投票することはないでしょう。
たとえば、私は同性婚を望んでいますが、同性婚実現を掲げる候補者が「徴兵制を復活させて北朝鮮との戦争を始めます」と言っていたら、投票は別の人へすると思います。

同性愛者や両性愛者で、同性婚を望んでいるからと言って、それが人生において一番大切なこととは限らないからです。

同性婚が当たり前になっていないうえでの悲しさ

同性婚が実現される前の間は、同性婚の賛否が誰に投票するかの1つの判断基準になる人がいます。
もし同性婚が実現されたなら、「また同性婚を禁止する」と言う人には投票したくない、となるだろうと思います。

しかし考えてほしいのが、「異性同士の婚姻を禁止する法律を作る!」という公約があり得るでしょうか。想像つきませんよね。
 婚姻制度は当たり前になりすぎて、禁止するかの議論にもならないわけです。つまり同性同士の結婚も異性間の結婚と同じくらいに当たり前になれば、もっと別の要因で投票することができるということです。

最後に

選挙権が18歳以上に引き下げられました。若者の投票率が低いとずっと言われています。
正直、学生であるうちは政治自体に興味を持ちにくいと思います。それはあまり身近でない、という意味です。

私が20歳ではじめて選挙に行く際注目したのが、各政党のLGBTへの態度でした。政治に対する関心もほぼなく、それ以外の面での違いもよくわからなかったため、一番身近でわかりやすい部分に注目しました。

最初のうちは、私のような例で選挙に参加するのでもいいのではないかと思います。投票しないということは、意見をもっていても意見がないのと同様です。

もちろんLGBTに関すること以外の部分にも注目してほしいですが、多くの人の意見が政治に反映され、社会全体がよくなっていってほしいと思います。

SOGIとLGBTの違いとは?

LGBT当事者orアライによるレポート。今回は「SOGI」についてです。

SOGIという言葉です。今回はこのSOGIについて私が感じることを書きたいと思います。

LGBTという言葉の認知度は、ここ数年で非常に高まりました。しかしLGBTという言葉には問題があるという意見もあります。
LGBTはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を取った言葉で、性的少数者の総称として使われています。
性的少数者といっても、LGBT以外に様々なセクシュアリティがあります。しかし、LGBTの言葉の成り立ちから、性的少数者=LGBTだけという誤認が広がったしまうのでは、という意見もあります。
そこで使用され始めたのが「SOGI」という言葉です。

SOGIとは?

SOGIという言葉はもともと国連での国際人権法についての議論で使用されたのが始まりなようです。
Sexual Orientation and Gender Identityの頭文字をとっていて、直訳すると、「性指向と性自認」になります。
日本語では「ソジ」と読まれることが多いです。

LGBTは性的少数者を指す言葉ですが、SOGIは性的指向と性自認についてを指す言葉なので、性的少数者だけを指しているわけではありません。

SOGIという言葉を用いるメリット

LGBTという言葉に対する批判があるように、SOGIにもよい点悪い点はあるかと思います。
私がこの言葉に対して一番いいと思っているのは、セクシュアルマイノリティとストレートの人、どちらに限定してもいない点です。

LGBTという言葉のおかげでセクシュアルマイノリティが認知されることは以前よりもぐっと増えました。
しかしそれにより、「当事者」と「そうでない人」の壁ができてしまったのではないかと私は思います。
そしてこの壁が、「LGBTの人は障害」などといった誤解を生んでいる可能性もあります。
ストレートの人で「私は普通の人、そのような問題は関係ない」という人でも、性自認と性指向ははっきりとあるはずです。
ある意味全員が当事者意識を持つことができるため、SOGIという言葉は優れているのではないでしょうか。

今後起こりうる問題

SOGIというアルファベット4文字の似たような言葉が生まれたことによって、LGBTについてあまり知らない人は混乱するでしょう。
LGBTについて最近知ったのにLGBTという言葉はもう使用されない、などなってしまってはなおさらです。
また「性指向と性自認」という意味であり、特定の人を指した言葉ではないですが、「SOGIの人」といった誤用がされるのではないかという心配もあります。

最後に

私自身LGBT当事者ですが、LGBTとそうでない人で分けることはあまり好きではありません。LGBTの中にも個性は様々ありますし、それはストレートの人に関しても同じです。
そのためSOGIという言葉が普及して、そこの壁がなくなっていくのであれば積極的に用いていきたいと思います。

日本の企業がLGBTフレンドリーを推進している理由

日本の民間企業でLGBTダイバーシティに取り組むところが増えてきています。
企業がLGBTに取り組む理由としては様々ありますが、大きく分けると2つです。

1つはマーケティング的な視点です。
LGBT当事者向けサービスを充実させることで、これまでリーチできていなかった層にもリーチすることができます。
具体的には、生命保険の受取人を同性パートナーに指定できるようにしたり、同性カップル用のウェディングビジネス、トランスジェンダーなどに向けた幅広いサイズ展開の服や靴などです。

もう1つは人材戦略的な視点です。
LGBTフレンドリー企業になることで、既存社員の従業員満足度が向上したり、優秀なLGBT人材の採用につながります。
具体的な取り組みとしては、LGBTに関する社内研修の実施、企業ポリシーにLGBTへの差別禁止を明記、同性パートナーを配偶者として認め福利厚生を利用できるようにする、性自認の服装や通称名の使用を認めるなどです。

マンパワーグループが実施した約5000人の当事者にアンケートでは、求職時に困難を感じると回答したLGBが40%、Tに関しては69%、約7割という結果がでました。また、職場で差別的言動があると答えた方は非当事者が40%だったのに対し、当事者は57%という結果が出ました。
この結果からはまだまだ日本のLGBTダイバーシティに取り組む企業は少ないと思われますが、今後取り組みをしていこうとしている企業は確実に増えています。

その理由の1つが、2020年の東京オリンピックです。
2014年にオリンピック憲章が改正され、差別禁止規定に性的指向が明記されました。
また、オリンピックの調達コードにも、LGBTへの差別禁止や人権を尊重することが明記されています。調達コードを守っている企業から、東京オリンピックに関わる物品やサービスなどを調達する必要があります。また、製品だけでなくその製造にかかわる関連企業もすべて調達コードを守っている必要があります。
このことから、多くの企業がLGBTフレンドリーになる必要が出てきています。

最近では、日本のメディアでもLGBTが取り上げられることが増えてきています。
まだまだ取り組みに関して過渡期であるために、賛否両論様々な意見が出ていますが、徐々に誰もが暮らしやすい社会へとなっていくことが期待されています。

変化する日本の同性愛

LGBT当事者orアライによるレポート。今回は変化する日本の同性愛です。

同性愛の歴史

明治以前の日本ではLGBTという言葉はもちろんありません。そのような概念もありませんでした。
しかし「同性愛」については現在よりも割合が高く、世間でも寛容であり、特に男と男が愛し合うことは異常なことではありませんでした。平安時代では親戚同士になった貴族が肉体関係になることは日常的のことでした。また、寺のお坊さんは女性との性的な関係が禁じられていたため10歳前後の男の子が対象となりました。戦国時代には織田信長や武田信玄などもそうだったと言われています。さらに江戸時代では「愛の交流会」と呼ばれるものが流行り、一般武士や町人のレベルまで広がりました。これは「男色」と呼ばれており、主に年上の男が年下の少年を愛するという行為のことです。宗教的にも日本で同性愛に対する規制も特になく、平然と受け入れられていました。

同性愛の禁止

しかし江戸幕府が倒れ明治維新が起こると、西洋文化が流入し、キリスト教の教えの影響で「同性愛禁止」の考えが徐々に日本でも広まっていき、「同性愛」を異常なものとみなすようになりました。
明治13年(1880年)には男色行為の一部が刑事罰の対象とされていた時期もありました。そのような規制は一時的なものではあったものの、そのような異性間の恋愛を尊重する風潮が続いており、現在でも世界の主流の考え方であります。その後、1990年代に入ると医学的にLGBTは障害ではなく、いかなる意味でも治療の対象にはならないと宣言しており、まだまだ一般的ではないものの2000年代に入ると芸能人がカミングアウトするなどの影響もあり、同性愛者への理解が進むようになりました。

まとめ

以上のように同性愛に関しては時代の流れが進むにつれて偏見が厳しくなってきました。つまり日本の文化でもあった「男色」が「良いこと」から「悪いこと」へと変化していったのです。このような事例からも日本という国は価値観が変わりやすい国民であり、流行に流されやすい国民だと思います。そのため今のこのLGBTに対する理解も早く進む潜在的な力もあると思います。時代に逆行して、「男色」を復活させ流行させるのではなく、「LGBTを理解する」という新しい価値観を広めていくことの大切さを感じます。

LGBTであるということをどう受け止めるか

LGBT当事者orアライによるレポート。今回は、LGBTであるということをどう受け止めるかです。

LGBTであるということを、1つの個性として前向きにとらえている人がいます。
その一方で、自身がLGBTに生まれた、またはなったことを恨む人もいます。

今回はLGBTである、ということをどう捉えるか、ということに関して書きたいと思います。

前向きに捉える

「ゲイに生まれてよかった」「FtMに生まれてよかった」などと思っている人がいます。
ストレートの人は「ストレートに生まれてよかった」とは思わないかと思います。(「LGBTに生まれなくてよかった」とは思うかもしれません)
LGBTであるということで、そうでなければ得られない何かを得た時に、LGBTでよかったと感じられると思います。
たとえばそれは、一生のパートナーが見つかったときかもしれませんし、当事者同士のコミュニティで素晴らしい体験ができたときかもしれません。

私自身は、LGBTという概念に出会い、自認したからこそジェンダーやセクシュアリティに対する興味をもったので、その点では、LGBTでよかったと思います。
セクシュアリティに関係なく、交友の輪が広がったことはとてもよかったと思います。
もちろん、辛いこともありますが、この自分が自分に生まれたということは変えられない事実であるので、変に落ち込んだり恨んでも仕方ないかな、と思います。

後ろ向きに捉える

そうは言っても、辛いことはあるかと思います。
性自認、性的指向どちらに関しても、なかなかストレートの人にとっては理解をしてもらえないことが多いです。
差別的なことを言われることもあるかもしれません。
日本人は特に同調圧力が強いですから、人と違う、ということが知られてしまったときに批判されることは多くあります。
特に家族や友人など親しい人に批判されると、居場所がなくなったように感じて辛いこともあるかもしれません。

最後に

人間である以上、他の人と全く同じということはあり得ません。
周りと異なっている点が必ずあります。
それを隠すか、ありのまま隠さずにいるかはその人次第です。
LGBTであるということは、他の特性に比べて目立ちやすいかもしれません。
私は、ジェンダーやセクシュアリティに関わらず、もっと一人ひとりが、お互いの違いを認め合い尊重しあうことが必要だと思います。
LGBTであるということは、いいことでも悪いことでもないと思います。
それとどう向き合うか、ということを意識すれば、明るく生きていけるのではないでしょうか。

日本の女子大でのトランスジェンダーの受け入れ

LGBT当事者orアライによるレポート。今回は日本の女子大でのトランスジェンダーの受け入れについてです。

2016年、アメリカの女子大が、生まれは男性の体だが女性として生きているトランスジェンダーの入学受け入れを決定しました。アメリカでは、すでに5校の女子大が受け入れを表明しています。

日本でも、トランスジェンダーで女子大学を希望する学生はいますが、認めている大学は現在ゼロです。
アメリカの女子大でトランスジェンダーを受け入れる流れを受けて、日本の女子大でもトランスジェンダーの受け入れが検討されると思われました。
しかし、2014年に実施された241大学へのアンケートでは、半数が「LGBTの学生から相談を受けたことがある」と回答したが、健康診断やトイレの使用などで「配慮をしている」と回答した大学は26%にとどまりました。このように、日本の大学はLGBTに対する配慮が欠けているというのが現状でした。

国内の女子大で、このままでいいのかという問題が意識されつつある中、日本女子大学がトランスジェンダーの学生を受け入れるかどうかの検討を(2017年の)新年度から始めることが決定しました。
これまでは、体の性が女性であることを前提に入学を進めてきた日本女子大学ですが、さまざまな性のあり方への認識が広がる中で、体の性が男性であるトランスジェンダーの方も受け入れる可能性が出てきました。
おそらくこの受け入れ検討は、日本の女子大で初めてのことで、歴史ある日本女子大学が検討を始めることで、他の女子大学にも大きく影響すると考えられます。

日本女子大学がこういった検討を始めることについて、トランスジェンダーの当事者から歓喜の声があがる一方、受け入れ態勢の構築を求める声もあがっています。
受け入れに対する課題はいくつかありますが、女子大の学生は、自由主義的な方たちが多い印象があるので、女子大からLGBTを支援しようという新たな風潮が生まれることや、Allyの人たちが増えることでLGBTに対する理解がさらに深まるといったところで期待できるのではないでしょうか。

LGBTフレンドリー活動としての「トイレの配慮」

LGBTという言葉が認知されるとともに、LGBTが直面する問題を解決しようと動きはじめた団体も増えてきました。
その中でも特に多いのが、トイレについての活動です。今回はこのLGBTとトイレの問題について書こうと思います。

特徴

現在多くの団体が取り組んでいるのが、既存の男女トイレとは別に設けてある、車いす用トイレなどの障がい者用トイレを、LGBTフレンドリーなものへ変更するものです。
まず、前提として勘違いされている場合が多いのが、トイレがLGBT全体にとっての問題のようにとらえられていることです。
LGBT4つの頭文字に関して言えば、男女どちらのトイレを使用するか、の問題になるのは、トランスジェンダーのみです。
メディアなどでは、LGBTに配慮したトイレ、などと書かれている場合がありますが、これは実際には語弊があるかと思います。
また、そのような既存の男女以外のトイレを、“誰でもトイレ”とする場合や、“ジェンダーフリートイレ”とする場合など名前は様々です。

残る問題

では、トイレの問題を抱えるトランスジェンダーは、車いす用トイレが使えることにより解決になるのでしょうか。
一概には言えないかもしれませんが、そうではないと思います。
男女のトイレと“ジェンダーフリートイレ”がある場合に、“ジェンダーフリートイレ”を使用するということは、実質カミングアウトになってしまいます。
しかし実際には、トランスジェンダー当事者や車いすの方以外にも、多目的トイレを利用する方はいます。
たとえばオストメイト(人工肛門保有者)など、見た目で健常者と変わりのない人がそのトイレを使用した場合に、「そこは車いすの人のトイレなのだから使用してはいけない」などと咎められる場合があるそうです。
そのような実態もあるために、車いす以外の人が多目的トイレを使うことが当たり前になるには、まだ時間がかかりそうです。

解決策

では、トイレ問題はどのように解決するのでしょうか。
1つとしては、“誰でもトイレ”になったそのトイレを、皆が積極的に使用することだと思います。トランスジェンダー当事者以外が使うことによって、使用する=カミングアウト、ということはなくなるかと思います。

しかし男女トイレと違い数が多くないため、本当に必要としている人が使用しにくくなる、という批判はあります。
他に、そもそもトイレに男女の区別をなくす、という考えがあります。これは、どちらのトイレを使用するか悩む人にとっては解決策に成り得ますが、トイレが性犯罪の場となっている現状もあるため、それがさらに悪化するのではないかという懸念があります。
本人が望む性別のトイレを使用することを認める、ということが理想ではありますが、上記と同じで、トイレ内で性犯罪をたくらむ人が存在していることが問題です。

最後に

外出先でトイレを使用するという行為が、苦痛であったり問題になるということは、多くの非当事者にとっては想像しにくいことかもしれません。
車いすトイレをLGBTも使用可能にする、ということで問題が解決すると思わずに、実際に当事者の意見を取り入れながら、さらによい方向へ問題解決へ向かっていってほしいと思います。

個性としてのLGBTを考える

LGBT当事者orアライによるレポート。今回は個性としてのLGBTを考えるです。

LGBTを尊重しようという動きが大きくなる中で、「LGBTであることはその人の大切な個性の1つだから」という声があります。
今回は、「LGBTであること」は個性なのか、について考えます。

個性とは

個性という単語を辞書で引くと、「ある個人を特徴づけている性質・性格。その人固有の特性。パーソナリティー。」(大辞林 第三版より)と出てきます。
他人とその人が区別される一つの性質を表すというイメージかと思います。

LGBにとって

個性という認識を、LGBTの中でも性的指向に関わるLGBと性自認に関わるTに大きく分けて考えてみます。

性的指向の部分でセクシュアルマイノリティである場合、恋愛の面以外においてはストレートの人となんら変わりはありません。
つまり、恋愛においてその人は個性を持っているということです。

LGBの中にも、誰にも言えずにクローゼットで生活している人もいれば、フルオープンな人もいるように、個性として前向きに捉えているかは人それぞれですが、私は、それは個性の1つだと思います。
ストレートの人の中でも、どんな異性がタイプか、という部分は個性であると言えるのではないでしょうか。
また性的指向のマイノリティの中には、ノンセクシュアルやアセクシュアルも含まれますが、それも個性だと思います。しかし恋愛し、性行為をするのが当たり前のようになっている社会では、個性ですと前向きに捉えることは難しいかもしれません。

Tにとって

トランスジェンダーにとって自分がトランスジェンダーであるということは、前向きに捉えることは難しいかもしれません。
MtFとFtM、もしくはそれに近いXジェンダーの人にとっては、生まれる性別が自認する性別であったとしたら、悩みは多くなかったでしょう。
トランスジェンダーであったからこそ、たくさんの交友が持てた、というようないい面はあるかと思います。
しかし、MtFは女性として、FtMは男性として、他の多数と同じように生きることを望む人が多いです。その場合はトランスジェンダーを個性として持ち続けるのを望むことはないでしょう。

その個性をどうするのかは自由

LGBTであることは、多くのストレートとその人が異なっている部分ですから、個性と言って間違いないかと思います。
しかし個性という言葉は、「個性を大切にしよう」「個性を磨いて、活かしていこう」など、オープンに、ポジティブに捉えていきましょう、というような文脈で使われることが多いです。
私はその必要は必ずしもないかと思います。
他のストレートの人と同じように生活すること、いわゆる埋没を望むトランスジェンダーの人は、個性だからとおおっぴらにすることはないでしょうし、その他のセクシュアリティの人でも、それをどうするかはその人次第です。
「個性なんだからもっとアピールしていこうよ」と言われることもありますが、その人が望むように、生きるのが一番ですね。

今週の記事まとめ~企業のLGBTの取り組みや漫画の紹介~

本日は今週公開した記事をまとめて紹介します。
ドン・キホーテのALL GENDERトイレ設置のニュースや、同性カップルが主役の漫画の紹介など様々な記事を公開しました!

ドンキ「LGBT用トイレ」に様々な意見

ディスカウント店大手のドン・キホーテが旗艦店である「MEGA(メガ)ドン・キホーテ渋谷本店」に「LGBT用トイレ」を設置すると報道されました。

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「LGBT対応 大手企業の4割」その取り組み内容とは?

経団連が会員企業にLGBTに関する取り組みについて調査を行ったところ、4割の企業が何らかの取り組みを行っていると発表したことが報道されました。

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LGBTへのハラスメント「SOGIハラ」とは?

LGBT当事者へのハラスメントを「SOGI(ソジ)ハラ」と呼び、防止する活動が行われています。

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男性カップルの養育里親認定で注目された「同性カップルを描いた漫画」

先月、大阪市が男性同士の同性カップルを、虐待などで親元で育てられない子どもの「養育里親」として認定したことがわかりました。
様々な意見があがる中で、1995年に連載された漫画「ニューヨーク・ニューヨーク」の一番面がSNSで取り上げられ注目されました。

男性カップルの養育里親認定で注目された「同性カップルを描いた漫画」

LGBTに配慮、AP通信が三人称単数で「they」を使用

アメリカのAP通信が、配信記事の英文表記のルールに「heともsheとも呼ばれたくないLGBTに配慮し、三人称単数としてtheyを使ってもよい」と加えました。

LGBTに配慮、AP通信が三人称単数で「they」を使用

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先月、大阪市が男性同士の同性カップルを、虐待などで親元で育てられない子どもの「養育里親」として認定したことがわかりました。
様々な意見があがる中で、1995年に連載された漫画「ニューヨーク・ニューヨーク」の一番面がSNSで取り上げられ注目されました。

ニューヨーク・ニューヨークとは

1995年~1998年に花とゆめで連載された、同性カップルの愛とヒューマニズムを描いた作品で、作者は「赤ちゃんと僕」などの作品が有名な羅川真里茂さんです。
単行本で全4巻発行されており、ストーリーの主軸となっているのは、ニューヨークで警官を勤めるケインと、パートナーであるメルの男性カップルです。

ゲイの男性を主人公にしたシリアスな話。BL的な内容ではなく、ゲイである事を隠して生活をする難しさやそれに伴うジレンマ、ゲイへの偏見や弾圧、肉親への罪悪感、エイズ (HIV)、更にはゲイカップルが養子を取る事で発生する問題まで、現実に生活しているゲイの人々が直面している、あるいはするであろう極めて深刻なテーマを多岐に渡って扱っている。
wikipediaより


Amazn.Co.Jpより

SNSで話題になった場面とは

大阪市が同性カップルを養育里親に認定したニュースで話題となったのは、ケインとメルが育てる「エリカ」のシーンです。

ケインとメルは養子縁組によって夫婦関係になった後、実の母親が麻薬中毒で育てられないため養護施設に預けられていたエリカという女の子を養子にします。

成長したエリカは、学校で「ゲイカップル」に育てられていることについて男子生徒から「ゲイは子供が作れないけど子供をほしがって養子を取ったりするが、それは勝手なのではないか。ニセモノの親の愛情を受けることになる子供がキズつくのでは」と言われます。

それに対しエリカは「自分はかわいそうに見えるか?」と返した上で、「私は親に恵まれなかった。彼らは子供に恵まれなかった。片方しかいなかったらこんな不公平なことない。でも私たちは求めあって一緒になれてすごく公平だ」と答えます。

「ニューヨーク・ニューヨーク」ではケインとメルが養子を取り、育てる姿も描かれています。
このことから、大阪市のニュースをみて「エリカのシーンを思い出した」という声がありました。

まとめ

20年以上前に連載された漫画ですが、現在でもなお続く様々な問題が描かれています。
決して軽いテーマではありませんが、どんなセクシュアリティの人にとっても、いろんなことを考えさせられる作品となっています。